Article thumbnail Image

制度の期限が切れるとき ──精神疾患長期療養者のための制度タイムライン地図(第1回)

1. この地図の読み方

1-1. 誰のための地図か

この記事は、精神疾患で療養中のあなたのために書いています。

とりわけ──「治療は続けている。でも目に見えた回復はない。そろそろ制度の期限が迫ってきた」。そういう状況にいる人に向けた地図です。

想定しているケースはこうです。

「ずいぶん限定的じゃない?」と思うかもしれません。でも、このケースの構造──「大企業正規のレールに乗ってない」「資格があるから戻れるでしょと言われる」「制度の期限が迫ってる」──は、かなり多くの長期療養者に共通しています。ついでに医療職のバーンアウトあるあるケースです。

1-2. 空白の表記ルール

この地図には、データが存在しない領域があります。

「データがない」にもいくつか種類があって、それぞれ意味が違います。本記事では以下の4類型で注記します。

類型 意味
第一種:測定されていない 誰も測ろうとしていない。制度に接続していない人はどの統計にも現れない
第二種:測定されているが非公開 データは存在するが、政策的な理由でアクセスできない
第三種:測定不可能 原理的に数値化できない。調査に回答できる状態にない人のデータは取れない
第四種:測定されたが消された データは一度取られたが、報告書から落とされた・集計方法が変わった

地図に空白があることは、この地図の欠陥ではありません。「ここが見えていない」こと自体が、重要な情報です。

1-3. 「制度がある」と「制度が使える」は違う

この記事で何度も確認するのは、制度の「存在」「稼働状況」の区別です。

法令上、制度は存在している。でも、申請の手続き負荷、窓口の運用、自治体による判断のばらつき、認知機能が落ちた状態でそもそも書類を揃えられるか──こうした条件が重なると、「制度はあるが使えない」状況が構造的に発生します。

本記事では、制度の存在を記述した上で、稼働状況の情報がある場合は併記します。情報がない場合は空白の類型を注記します。

2. 失業手当(雇用保険の基本手当)

2-1. 給付日数の構造

雇用保険の基本手当の給付日数は、離職理由・年齢・被保険者期間で決まります。通常の自己都合退職だと90〜150日[1:freee.co.jp]。

精神疾患で退職した場合、2つの経路で条件が優遇される可能性があります。

特定理由離職者。 病気等のやむを得ない理由による自己都合退職は「特定理由離職者」に該当しうる。加入期間の要件が緩和され(通常2年→離職前1年間に被保険者期間が6ヶ月以上)、給付制限がないのが最大のメリットです[1:freee.co.jp][2:kaonavi.jp]。ただし、給付日数自体は一般と同じ(90〜150日)[2:kaonavi.jp]。

就職困難者。 ここが大きい。精神障害者保健福祉手帳の所持者、または統合失調症・うつ病・躁うつ病・てんかんで通院中の方は「就職困難者」に該当します[3:sagami-nenkin.com]。

就職困難者の給付日数は桁が違います。被保険者期間1年以上の場合、45歳未満で300日、45歳以上65歳未満で360日[4:di-agent.dandi.co.jp]。1年未満でも150日です[4:di-agent.dandi.co.jp]。通常の自己都合(90〜150日)と比べると、3〜4倍。

しかも特定理由離職者と就職困難者は併用できます。精神障害者保健福祉手帳を持っていて、病気を理由に退職した場合、給付制限なし+300日の両方が適用されうる[3:sagami-nenkin.com]。

ちょっと覚えておいてください──この「就職困難者」の制度、知らないまま通常の自己都合で手続きしてしまう人がいます。ハローワークの窓口で自分から申し出ないと適用されないケースがあるからです。

手続き自体は難しくありません。ハローワークで所定の診断書用紙をもらい、主治医に記載してもらって、窓口で提出する。それだけです。

なお、2025年4月の雇用保険法改正で、通常の自己都合退職でも給付制限が2ヶ月から1ヶ月に短縮されました[5:maki-sharoushi.com]。

2-2. 傷病手当金との関係──「働ける」の二値判定問題

失業手当は「働く意思と能力がある」ことが受給要件です[6:jsite.mhlw.go.jp]。

ここに構造的な問題があります。

傷病手当金(健康保険)から失業手当(雇用保険)に切り替えるには、①傷病手当金の支給が終わっていること、②働く意思と能力があること──医師の診断書が鍵になります[7:kasuga-mental.jp]。

でも、精神疾患の療養中、「働ける状態」と「働けない状態」の境界は明確じゃないですよね。日によっても変動する。制度は「働ける/働けない」の二値判定を要求しますが、当事者の実態はグラデーションです。

2-3. 受給期間の延長──知らないと詰む制度

離職後、病気で30日以上働けない場合、失業手当の受給期間を延長できます。本来の受給期間1年に加え、最長3年(合計最長4年)[8:dai-ichi-life.co.jp]。

延長申請は、延長後の受給期間の最終日まで可能です(2017年4月改正)。ただし、申請が遅れると給付日数の全てを受給できない可能性がある[9:kaien-lab.com]。

大事なポイント。これは「受給期間の延長」であって「給付日数の延長」ではありません。給付日数自体は変わらない。受給できる期間の枠が広がるだけです。

この制度を知らずに、療養中に受給期間が過ぎてしまうと、300日分の権利が丸ごと消えます。

これもハローワークで「受給期間の延長申請をします」と伝えて書類をもらって手続きできます。

2-4. 切れたあと、何に接続できるか

失業手当の給付日数を使い切ったら、雇用保険からの所得保障はなくなります。就職困難者で300日の場合、約10ヶ月で切れる。

その後の経済的な接続先は、こうなります。

失業手当が切れた後、障害年金や生活保護に円滑に接続できたケースと、いずれにも接続できず困窮したケースの比率を示すデータは見つかりません。

**構造推定:**複数の制度の管轄省庁が異なり(雇用保険=厚労省職業安定局、障害年金=年金局、生活保護=社会・援護局)、制度間の「接続率」を測定する設計になっていない。

2-5. 空白:ここにデータがない

3. 自立支援医療(精神通院医療)

3-1. 制度の基本構造

自立支援医療は、精神疾患の通院治療にかかる自己負担を3割から1割に軽減する制度です。所得に応じた月額上限額もあります[10:fukushi.metro.tokyo.lg.jp]。

使っている人にとっては「当たり前」の制度ですが、使っていない人がどれだけいるかは把握されていません(後述)。

3-2. 更新の実運用──毎年やってくる手続き

有効期間は1年。毎年更新手続きが必要です[11:city.sakai.lg.jp]。更新は有効期限の3ヶ月前から可能[11:city.sakai.lg.jp]。

診断書は2年に1回の提出でよい(治療方針に変更がなければ)[12:city.imabari.ehime.jp]。ただし、診断書が不要な年度でも、更新手続き自体は毎年やらなければなりません[13:city.toyokawa.lg.jp]。

つまり、毎年1回、市区町村の障害福祉課の窓口に行って(または郵送で)、申請書・保険証・マイナンバー関連書類等を提出する必要がある[14:pref.fukuoka.lg.jp]。

3-3. 更新できなかったとき──3割に戻る

有効期限までに更新しなかった場合、新規申請(再認定)扱いになります[11:city.sakai.lg.jp]。新規申請には診断書が必ず必要で、診断書作成料(医療機関によりますが概ね3,000〜5,000円程度)が追加で発生する。

そして有効期限切れから再認定までの間、自己負担は3割に戻ります。通院頻度が高い場合や複数の薬を処方されている場合、1割と3割の差額は月あたり数千円〜1万円以上になりえます。

精神疾患の療養中、認知機能の低下・意欲の減退・手続きへの不安で更新手続きが困難になるケースは臨床的に知られています。しかし、自立支援医療の更新失効率(期限切れの件数)のデータは確認できませんでした。

3-4. デジタル化という新しい壁

2024年12月に従来の健康保険証の新規発行が終了し、マイナ保険証への移行が進んでいます。自立支援医療の申請にはマイナンバーの記載が必要[10:fukushi.metro.tokyo.lg.jp]で、保険情報の確認にマイナ保険証または資格確認書の提示が求められます[14:pref.fukuoka.lg.jp]。

マイナポータルでの情報照会が失敗した場合、追加の書類提示を求められることもある[14:pref.fukuoka.lg.jp]。カード管理・暗証番号管理・オンライン操作は、認知機能が低下した状態では地味にきつい負荷です。

3-5. 空白:ここにデータがない

4. 就労移行支援

4-1. 原則2年──そして延長のハードル

就労移行支援の利用期間は原則2年間(24ヶ月)です[15:accessjob.jp]。

延長は最長1年間。ただし、延長が認められるのは「延長期間中に就労できる見込みがある」と自治体が判断した場合のみ[16:mirai-training.jp]。自治体の審査会で決まるので、申請すれば通るものではありません[16:mirai-training.jp]。

つまり、「2年使って就労に至らなかった。もう少し時間がほしい」という人に対して、制度は「就労の見込みがあるなら延長します」と答える。でも、2年で就労できなかった人に「見込みがある」という判断を下す基準は自治体ごとにバラバラです。

4-2. 利用中に何が起きているか──数字の読み方

就労移行支援を利用して就職した方の平均利用期間は約1年4ヶ月。多くの方が2年を待たずに就職しているとされます[17:works.manaby.co.jp]。

ただし、この数字は「就職できた人の平均」です。就職に至らなかった人・中断した人の期間は含まれていません。「就職率」の分母が利用開始者ベースか終了者ベースかで数値は大きく変わります。

厚労省の「障害者の就労支援対策の状況」では就労移行支援からの就職者数は公表されています(令和4年度: 15,094人)。ただし、利用開始者の総数を分母とした「就職率」や「中断率」を分母定義を明示して公表した全国統計は確認できませんでした。令和5年3月の厚労省委託調査「地域における就労移行支援及び就労定着支援の動向及び就労定着に係る支援の実態把握に関する調査研究」[31:mhlw.go.jp]は事業所の運営実態を扱っていますが、中断者の離脱理由の全国集計は含まれていません。

4-3. 2年使い切ったあと──リセットという幻想

通算24ヶ月以内なら残期間を再利用できます。8ヶ月利用して就職→退職した場合、残り16ヶ月を再利用可能[15:accessjob.jp]。

では、24ヶ月を使い切ったら? 利用期間のリセットは「非常に稀」であり、明確な基準は定められていません。自治体の個別判断です[18:neurorework.jp]。過去に認められたケースは、長期間の一般就労を経て障害の状況が大きく変化した場合など、ごく限られた状況のみとされています[18:neurorework.jp]。

ここに「制度の非反復性」と「疾患の反復性」のミスマッチが端的に現れます。精神疾患は寛解→悪化→再寛解を繰り返す。制度は「1回の支援で就職→定着」を想定している。疾患の現実はそうなっていません。

4-4. 2年後の選択肢

就労移行支援の期間が終了した場合の選択肢は[18:neurorework.jp]:

A型・B型への移行は制度上可能ですが、移行がスムーズに行われているかどうかの体系的なデータは確認できませんでした。

4-5. 空白:ここにデータがない

5. 障害年金の更新

5-1. 有期認定の構造

障害年金には「永久認定」と「有期認定」があります。精神障害・知的障害の場合、ほとんどが有期認定で、1〜5年ごとに更新が必要です[19:minori-consulting.jp]。更新時には「障害状態確認届」(診断書)を提出します。

5-2. 更新の統計──「96.7%が維持」の裏側

厚生労働省・日本年金機構の障害年金業務統計(令和6年度決定分)によると、再認定(更新)の決定は約30万件。等級維持が約**96.7%、増額1.4%、減額0.8%、支給停止1.1%**でした[20:nenkin.info]。

数字の上では「ほぼ通る」に見えます。でも、1.1%は約3,000件。当事者にとっては確率の問題ではありません。

5-3. 2024年度に何が起きたか

2024年度、障害年金の新規請求で深刻な不支給率の急増が発生しました。

厚生労働省年金局が2025年6月11日に公表した調査報告書によると[21:mhlw.go.jp]:

日弁連は2025年7月10日付の会長声明で「不適切な判定がなされていたことが疑われる」と指摘しています[22:nichibenren.or.jp]。発達障害当事者協会は2025年5月4日に声明を発表し、東京都自閉症協会との共同声明(6月16日厚労省提出)では「看過しがたい深刻な事態」として制度改革を求めました[23:jdda.or.jp]。

なお、2025年6月13日に成立した国民年金法等改正では、障害年金制度自体の改正は見送られました。「恣意的な判定がなされないよう透明性を確保するための検討を行い必要な措置を講ずる」等の附帯決議が採択されるにとどまっています[22:nichibenren.or.jp]。

5-4. 不服申立て──制度はあるが

障害年金の決定に不服がある場合、審査請求→再審査請求の手順で不服申立てが可能です。厚生労働省・社会保険審査会の統計によると、再審査請求(社会保険全体、うち約7割が障害年金関連)の認容率は近年約13〜17%で推移しています。令和5年度は、裁決629件(容認32件・棄却541件・却下56件)+取下げ89件(うち原処分変更に伴うもの68件)の計718件が処理され、容認+原処分変更で約13.9%でした[29:mhlw.go.jp]。障害年金に限定した認容率はこれよりやや低い約10〜15%程度とされます[30:ozaki-sr.net]。

不服申立ての手続き自体が、診断書の再取得・書面の作成・社労士への依頼費用等の負荷を伴います。ある心療内科医は、年金事務所の窓口で「書類作成は複雑だから素人のあなたには無理」と申請者が突っぱねられ、民間の社労士事務所に誘導される構造を報告しています[24:dr-mizutani.jp]。精神疾患の療養中にこれを遂行するハードルは、制度上の認容率以前の問題です。

5-5. 空白:ここにデータがない

6. 制度の期限が同時に来るとき

6-1. 典型的なタイムライン

精神疾患で離職した場合の時間軸を、制度の期限と重ねて整理します。

時点 出来事 制度の状況
離職 退職 傷病手当金の受給開始(在職中からの場合は継続)。失業手当の受給期間延長申請
〜1年6ヶ月 療養 傷病手当金(最長1年6ヶ月)。自立支援医療の年次更新。障害年金申請の検討
傷病手当金終了 「働ける」判断が必要 失業手当への切り替え(就職困難者300日なら、ここから約10ヶ月)
失業手当終了 所得保障の空白 障害年金・生活保護・家族支援以外の所得保障なし
並行して 就労移行支援の利用 2年の期限が進行中

6-2. 手続きの同時多発

この時間軸の上で、以下の手続きが同時期に重なりえます:

それぞれに、診断書の取得(医療機関への予約・受診・文書料)、申請書の記入、窓口への提出が必要です。複数が同時期に来ると、手続き負荷が集中します。

**構造推定:**うつ状態が重い時期には、電話をかける・窓口に行く・書類を揃えるといった行為自体が極めて困難になります。制度はそれぞれ独立に設計されていて、手続きの集中を緩和する仕組みは存在しません。自立支援医療と障害者手帳の同時申請(診断書1通で済む)は一部の自治体で可能ですが[11:city.sakai.lg.jp]、全制度を横断した手続きの統合は行われていません。

6-3. 「制度の非反復性」と「疾患の反復性」

制度の多くは「1回の利用で完結する」設計になっています。就労移行支援の2年、失業手当の給付日数、障害年金の新規申請──いずれも「使い切ったら次はない」か「再利用のハードルが極めて高い」。

一方、精神疾患の軌道は非線形です。寛解→悪化→再寛解のサイクルを繰り返す。就職しても再休職・再離職する可能性がある。制度を使い切った後にもう一度必要になったとき、制度は設計上「もうない」。

7. 空白期間に何が起きるか

7-1. 制度の谷間にいる当事者

失業手当が切れ、障害年金の申請中(または不支給)、就労移行支援の期限も終了──この「制度の谷間」に当事者がどのような状態に置かれるか。体系的なデータは存在しません(第一種空白)。

ただし、いくつかの光源があります。

全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)の2017年度全国調査(3,129家族回答)では、重度の障害者が障害者総合支援法のサービスを十分に利用することなく地域で生活していること、制度について家族に十分な情報が届いていないことが報告されています[25:dinf.ne.jp]。ただし、これは家族会経由の調査であり、家族がいない・家族と断絶している当事者のデータは含まれていません。2024年度にも「精神障害者と家族の生活実態と意識調査」が公開されています[26:seishinhoken.jp]。

NPOの支援現場からは、障害年金の存在自体を知らなかった当事者、手続きの煩雑さから病状を悪化させた当事者の事例が多数報告されています[24:dr-mizutani.jp]。統合失調症の当事者であるジャーナリスト桐谷匠氏は、貯蓄が底をつきかけてからPSWに勧められて初めて障害年金を知った経験を手記で記しています[27:media116.jp]。

厚労省の「生活保護受給者に対する就労支援のあり方に関する研究会」(平成30年)に提出された精神障害当事者・小林エリコ氏の資料には、こんな声が残っています──「生活保護を受けながら働いていいのかわからなかった」「ケースワーカーに『この人は働けない』と決めつけられた」「支援と呼べるものは一切ありませんでした。月に一回、訪問に来るだけです」[28:mhlw.go.jp]。

これらの声には共通する構造があります。いずれも「支援にたどり着けた人」の声であり、たどり着けなかった人は見えないということです。これ自体が第三種空白──調査に回答できる状態にない人のデータは構造的に取れない──の典型例です。

7-2. 空白の形を描く

直接のデータがなくても、隣接するデータから「空白にいる人の輪郭」を推定できます。

正確な数値は出せません。でも、空白の「形」を描くことで、そこにいる人が見えなくなっていること自体を見えるようにする。それがこの地図の役割です。

7-3. この先の地図

本記事(第1回)では、制度の期限構造と空白の所在を整理しました。

続く第2回・第3回では以下を扱う予定です:

📚参考文献

#社会保障 #メンタルヘルス #障害年金 #就労移行支援 #精神疾患 #生活保護 #雇用保険