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🎣新人に社会規範を指導する先輩の図──ふたりとも搾取される労働者な件

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五月。ゴールデンウィークも終わり、新人たちはそろそろ職場に馴染んできた頃だろうか。

ふと四月を思い返す。どこかの職場。新人が先輩に叱られていた。

「休憩時間ぴったりに戻ってこないで。五分前には席に着きなさい」

先輩の声には確信がある。彼女は正しいことを言っていると思っている。実際、この職場ではそれが「正しい」のだろう。少なくとも、これまで誰もそれを間違いだと言って生き延びた人はいない。

しかしここで冷静に状況を整理すると、おかしなことに気づく。

先輩は雇用主ではない。管理職でもない。給与を決める権限もないし、この新人を採用した張本人でもない。先輩自身も時給あるいは月給で働いている、れっきとした被雇用者である。つまり、搾取される側が搾取される側に「もっとうまく搾取されろ」と指導している。


なぜこんなことが起きるのか。「日本人の国民性」で片付けたくなるところだが、実はこの現象にはちゃんと名前がついている。

フーコーは『監獄の誕生』で「規律の内面化」という概念を提示した。パノプティコン──中央の監視塔から全房が見渡せる監獄──では、実際に監視者がいなくても、囚人は「見られているかもしれない」という意識だけで自分を律するようになる。そして重要なのは、この自己規律が隣の囚人にも向かうということだ。

つまり先輩は、上司に言われて新人を指導しているのではない。自分の中に住み着いた「監視者の目」で新人を見て、勝手に取り締まっている。雇用主の代理を、誰にも頼まれずにやっている。無給で。


ここでもう一つ、見落とせない条件がある。「関係流動性」の低さだ。

北海道大学の結城雅樹らの研究によれば、日本は世界でもっとも関係流動性が低い社会の一つである[1:doi.org]。関係流動性とは、人が自発的に社会集団を出入りできる度合いのことだ。高ければ「合わなければ出ていける」し、低ければ「ここにいるしかない」。

ここにいるしかない人間にとって、隣の人間が規範から逸脱することは脅威になる。サボる同僚を見逃せば、自分がこれまで耐えてきたことの意味が崩れる。真面目すぎる同僚もまた脅威だ──自分の「普通」が「怠けている」に格下げされてしまう。

攻撃の対象は、上か下かではない。集団の中央値から離れること、それ自体が攻撃のトリガーになる。サボりも叩く。真面目すぎても叩く。その集団の「普通」を脅かす存在はすべて排除の対象になる。

先輩が新人を叱っているのは、新人のためでも会社のためでもない。先輩自身が内面化した規範を守るため、つまり「自分がこれまで我慢してきたことには意味があった」と確認するためだ。


ここまで読んで、こう思った人がいるかもしれない。「でも全員が同じことをやってるなら、みんな不幸になるだけでは?」

その通りだ。そしてそれを検証した研究もある。

2017年の公共財ゲーム実験では、全員にとって損になる行動規範であっても、罰のシステムがあると参加者たちはその規範を互いに強制し合い、全員の利益を減らす結果になった[2:doi.org]。「こうすべき」と思い込んだ規範が客観的に間違っていても、従わない者を罰する手段がある限り、人はその規範を強制し続ける。

個人レベルでは合理的なのだ──規範に従わないと自分が罰されるから。しかし集団レベルでは全員が損をしている。しかも構造が見えたところで何も変わらない。個人のインセンティブが変わらない限り、誰も最初に降りられないからだ。

囚人のジレンマの、全員参加型である。


話を職場に戻そう。

先輩は新人に「五分前行動」を教えている。新人はそれを覚え、やがて後輩ができたとき同じことを教えるだろう。後輩もまたその後輩に教える。誰もこの連鎖を始めた人間を知らないし、そもそもそんな人間は存在しないかもしれない。規範は空気のように漂い、誰かが吸い込み、誰かに吐き出す。

その間、雇用主はどこにいるか。

たぶんゴルフ場にいる。

労働者が労働者を無給で管理してくれているのだから、わざわざ職場にいる必要がない。従業員たちが自発的にお互いを監視し、逸脱者を排除し、規範を再生産してくれる。これほど効率的なシステムがあるだろうか。

なにこれおもしろい( ᐛ )

feral scholar Ayanonymous | TruResearch™

なぜそうなっている?を解きほぐす、ひとりリサーチメディア。


[1] Thomson, R., Yuki, M., Talhelm, T., et al. (2018). Relational mobility predicts social behaviors in 39 countries and is tied to historical farming and threat. Proceedings of the National Academy of Sciences, 115(29), 7521–7526.

[2] Abbink, K., Gangadharan, L., Handfield, T., & Thrasher, J. (2017). Peer punishment promotes enforcement of bad social norms. Nature Communications, 8, 609.


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