「医療用プラスチック」の中身を知っていますか ― 現場から見たナフサ危機の本当の姿

透析だけではない

メディアでは「透析」がわかりやすい例として繰り返し取り上げられている。確かに透析は深刻だ。週3回、1回4時間、止まれば数日で命に関わる。

しかし、現場で働いていた人間から見ると、危機は「透析」の一言で収まるものではない。

「医療用プラスチックの供給に課題」——この一文の中に、どれだけの品目と命がぶら下がっているか。

私は急性期や外科の専門家ではない。ある病棟にいただけの元・作業療法士だ。それでも、これだけのものが浮かぶ。


慢性期・療養病棟だけでこれだけある

気道・呼吸関連

循環・輸液関連

栄養関連

排泄関連

皮膚・創傷関連

感染管理・基本処置

固定・安全管理

日常ケア


現場を知らなければ見えないこと

ひとつでも欠ければ、回路が止まる

医療消耗品は「組み合わせ」で使うものだ。点滴バッグがあってもルートがなければつなげない。ルートがあっても三方活栓がなければ薬剤を切り替えられない。シリンジがあってもアル綿がなければ穿刺できない。品目単位で「確保しました」と言っても、組み合わせが揃わなければ意味がない。

サイズが一つ違うだけで人は死ぬ

サクションチューブ12Frは確保しました。でもこの患者さんは気管径が細くて12Frは通らない。10Frがなければ、その患者は吸引できず窒息する。同じ品目でもサイズ展開があり、全サイズが揃わなければ救えない命がある。

輸液セットにも小児用と成人用がある。違いは一滴の量だ。成人用は1mLあたり20滴、小児用は60滴。一滴が小さいほうが微量調整ができる。体の小さな子どもに成人用セットで投与すれば、滴下速度の精度が落ち、薬剤によっては過量投与になりかねない。そして小児用は需要が少ないぶん在庫も薄い。真っ先に切れるのは、一番守られるべき子どもたちの分だ。

理論値では足りる。現場では足りない

「患者数 × 処置回数 × 1本」の計算では在庫は足りるかもしれない。しかし現場では、サイズを変えて再挿入する。装着中にどこかにかすっただけで廃棄する。気管に入れるものが非滅菌面に一瞬触れただけで、もう使えない。1回の処置で2本、3本と消費することは日常的にある。

自力で管を引き抜いてしまう患者もいる。入れ直せば消耗品がさらに減る。ミトンがなければ抜去を防げず、抜去のたびに消耗品が消えていく。

ベッドサイドに置けなければ人が死ぬ

急変時に倉庫まで走っている時間はない。痰が詰まって窒息しかけている患者の前で「倉庫に取りに行きます」とは言えない。だから各ベッドサイドに各サイズ・複数本を配置しておく必要がある。在庫が逼迫すれば「倉庫で一括管理」に切り替えられるだろう。数字上は合理的だ。しかし、それで急変対応が遅れ、人が死ぬ。

病院の倉庫は「2ヶ月分」を持っていない

そもそも病院の倉庫には限りがある。消耗品の在庫管理は、多くの場合ジャストインタイムに近い運用だ。「次の入荷が木曜だから、それまでこの量で回す」——そんな綱渡りが日常だった。あるときはぎりぎりの量しかなく、次の入荷までそれで持たせるということは珍しくない。

平時なら問題ない。入荷が来るからだ。しかし上流が止まれば「次の入荷」は来ない。普段からぎりぎりで回している現場に補充が途絶えれば、バッファは数日しかない。

経産省が「2ヶ月分あります」と言っているのは、メーカーや卸レベルの話だ。末端の病院倉庫にあるのは、数日分かもしれない。

そして、供給が不安定になるほど、この構造は悪化する。「次いつ入荷するかわからない」となれば、現場は手元に多めの在庫を確保しようとする。患者の命を預かっている以上、それは合理的な判断だ。しかし、全国の病院が同時にそれをやれば、卸の在庫が一気に枯渇する。本当に入らなくなり、さらに多めに確保しようとする。供給不安が需要を増幅させ、需要の増幅が供給不安を加速させる——止まらない悪循環が始まる。

安くて地味なものほど致命的

サクションチューブ、アル綿、サージカルテープ、口腔ケアブラシ。単価は数円から数十円。派手な医療機器ではない。だからこそ優先リストの上位には来ない。だからこそ最初に在庫が切れ、最初に人が死ぬ。

「すぐ死ぬ」ものと「静かに死ぬ」もの

サクションチューブがなければ数分で窒息する。中心静脈栄養が止まれば、全身状態の悪い患者では数日で限界が来る。透析ができなければ数日で尿毒症になる。口腔ケアが止まれば数週間で誤嚥性肺炎が多発する。褥瘡保護ができなければ数週間で感染し、敗血症で死亡する。おむつが足りなければ、感染症は容易に拡大する。

品目ごとに致死までのタイムラインが違う。報道で取り上げられるのは「数日で死ぬ」透析が中心だ。数週間かけて静かに死んでいく褥瘡や誤嚥性肺炎の患者のことは、ほとんど語られない。


これは、慢性期だけの話だ

繰り返すが、ここに書いたのは慢性期の病棟経験から出てきたものだけだ。

急性期病棟、外科、ICU、NICU、救急、オペ室——それぞれの領域で、この何倍もの品目が存在する。胸腔ドレーン、術野ドレープ、縫合糸パッケージ、ステープラー、バックバルブマスク、新生児用の特殊サイズのチューブ類。

「医療用プラスチックを優先します」と政府は言う。その判断を実行に移すとき、この品目リストが役に立つことを願っている。


「2ヶ月分」は誰にとっての2ヶ月か

高市首相は3月24日、中東情勢に関する関係閣僚会議で、赤澤亮正経済産業相を中心にナフサを含む石油関連製品の対応方針をとりまとめるよう指示した[1:cas.go.jp]。経産省の見立てでは、中東以外からの輸入と備蓄原油の国内精製分を合わせて「ナフサは国内需要の約2ヶ月分」とされている[1:cas.go.jp]。

一方、シティグループ証券のアナリストはナフサの備蓄日数を「20日分」と推計している[2:logi-today.com]。2ヶ月と20日。この差は何か。

上流の数字と末端の現実

経産省の「2ヶ月分」は、ナフサの上流在庫と代替調達の楽観シナリオを積み上げた数字だろう。しかしここには二重の問題がある。

第一に、備蓄原油を放出しても、精製段階ではガソリンや軽油など燃料の生産が優先される。ナフサは後回しにされやすい。「原油の備蓄はあります。でもナフサにはしません」——そういう構造だ。

第二に、仮にナフサが確保できたとしても、そこからエチレン→ポリエチレン→成形品→医療消耗品→各病院の棚、という何段階もの加工と流通を経て初めて患者のそばに届く。この川下のどこにどれだけの中間在庫があるのか、末端の病院やクリニックの棚に何日分残っているのか。この数字がどこまでの解像度で積み上げられたものか、現場からは見えない。

サクションチューブの10Frと12Frの区別は入っているだろうか。ベッドサイドに多めに配置する分は計算に含まれているだろうか。装着中にかすっただけで廃棄する分は。患者が自己抜去して再挿入に消費する分は。

もしまだ含まれていないなら、この記事がその解像度を補う一助になればと思う。

「ただちに滞ることはない」

高市首相は3月29日、Xで「ただちに供給が滞ることはない」と発信し、落ち着いた対応を呼びかけた。同時に、バスやトラック、漁業・農業向けの燃料が末端まで届いていない事例があることも認めている[3:nikkei.com]。

燃料ですら末端に届いていない事例がある中、ナフサの川下にある医療用消耗品が末端の病棟まで届いているか、確認する価値はあるだろう。

上流の数字が安心材料になるのはわかる。しかし、川下の現場が見えていなければ、対応しているつもりで実は届いていない、ということが起こりうる。そしてそれは、人の死として現れる。


現場の解像度を、意思決定に届けたい

首相が指示を出し、経産相が取りまとめ、官僚が数字を上げ、「ただちに滞ることはない」と発信される。その意思決定ラインに、現場の解像度が届いているだろうか。

サクションチューブにはサイズ展開がある。ベッドサイドに多めに配置しなければ急変に対応できない。アル綿の個包装がなければ注射一本打てない。——こうした情報は、現場にいなければ見えない。

「医療用プラスチックを優先します」——その方針を実効性のあるものにするために、現場が持っている解像度を、政策を動かす人たちに届ける必要がある。本稿がその橋渡しの一つになれば幸いだ。

もう「課題」や「懸念」の段階ではない。いま動くべき現実が、ここにある。

メンツと建前が守られている間に、人は死ぬ。


📚 参考文献


本稿は急性期医療を網羅するものではなく、慢性期の現場経験から見える範囲を記したものである。