ホルムズ封鎖1ヶ月:東証33業種が映す「産業別ダメージマップ」

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🔍 はじめに——なぜ「株価」から入るのか

ホルムズ海峡が事実上封鎖されて1ヶ月が経過した。日本語メディアの報道はエネルギー・石油化学・自動車に集中しているが、産業横断的に影響を取りまとめている機関は、政府にもシンクタンクにも見当たらない。

英語圏ではKiel Institute(独)やUNCTAD(国連)が横断的な分析を出し始めており、UNCTADは3月10日付でホルムズ海峡の混乱が世界貿易と開発に及ぼす影響を分析した緊急レポートを公表している [1:unctad.org]。一方、Carnegie Endowmentはホルムズ問題をめぐる国際政治と同盟構造の分析を公開しており、トランプ大統領が欧州同盟国に艦船派遣を要求したことや、NATO同盟国が「これは欧州の戦争ではない」として参戦に消極的な姿勢を示していることなどが報じられている [2:carnegieendowment.org]。だが日本国内で医療・運輸・サービス業・交通インフラ・建設・農業まで含めた包括的なレポートは存在しない。

そこで本稿では、東証33業種別株価指数の騰落率をスクリーニングの起点とした。市場は不完全だが、数千人のアナリストと機関投資家が日々の株価に「この業種はどれだけ痛むか」を織り込んでいる。その集合知を使って「投資家が最も深刻な打撃を見込んでいる業種」を特定し、各業種の実態を個別にリサーチすることで、メディアの死角を補完する構造分析を試みる。

データソースはnikkei225jp.comの業種別株価指数変化率(2026年3月27日15:30時点)。基準は封鎖直前の2月末からの1ヶ月騰落率である。

なお、封鎖の背景については、日本エネルギー経済研究所が2026年3月6日付で公表した分析が参考になる。米国・イスラエルによるイラン攻撃後、3月2日にイラン革命防衛隊がホルムズ海峡封鎖を宣言し、実質的に航行停止状態となったとされる。日本は原油200日超の備蓄と中東以外のLNG長期契約で当面の供給を確保しているものの、備蓄は有限であり、世界市場への影響も避けられない状況だ [3:eneken.ieej.or.jp]。


📊 全体像:33業種中24業種がマイナス

封鎖から1ヶ月で、東証33業種のうち24業種がマイナス圏に沈んだ。プラスを維持しているのはわずか9業種で、その多くはエネルギー高騰の恩恵を受ける側(鉱業 +26.86%、海運 +17.99%、石油石炭 +0.76%)、もしくは安全資産としての性格を持つセクターである。

下落率上位24業種を以下に示す。

注目すべきは、報道量と株価下落率が一致していないことだ。メディアが集中的に報じているのは化学(-6.26%、15位)や石油石炭(+0.76%、恩恵側)だが、実際に市場が最も売り込んでいるのはゴム・空運・繊維・不動産といった「二次的・三次的影響」を受ける業種である。

以下、上位10業種について個別に影響の構造を分析する。


🏭 1位:ゴム製品(-12.75%)——原料と需要の双方が崩れる

ゴム製品セクターの下落率が全業種中トップである理由は明快だ。原料の合成ゴムが石油化学由来であり、ナフサ→ブタジエン→合成ゴムという供給チェーンが直撃を受けている。UNCTADの分析によれば、ホルムズ海峡の通航隻数は封鎖前の日平均129隻から一桁にまで激減し、石油化学製品を含む海上貿易が広範に途絶している [1:unctad.org]。

日本のエチレンプラント(ナフサ分解炉)は国内拠点の半数程度で減産に入っているとされ、エチレンと同時に生産されるブタジエンの供給も絞られている。ブタジエンは合成ゴムの主要原料であり、タイヤ・工業用ベルト・ホースなどの製造に不可欠だ。

加えて、ゴム製品の最大需要先である自動車産業自体が減速リスクを抱えている。自動車1台あたり150〜200kg程度のプラスチック・ゴム部品が使われており、これらの原料価格が短期間で15〜25%前後上昇したとの報道もある。タイヤメーカー(ブリヂストン、住友ゴム等)は原料高と需要減の両面から挟撃されている形だ。

2ヶ月騰落率も-7.09%と深く、ホルムズ以前から中国経済の減速による需要懸念が重なっている。


✈️ 2位:空運業(-12.05%)——ジェット燃料直撃、だが本番は6月から

空運業の下落は直感的にわかりやすい。ジェット燃料は原油精製品であり、価格は原油価格にほぼ連動する。

ただし、現時点でJAL・ANAの燃油サーチャージにはまだ封鎖後の価格が反映されていない。サーチャージはシンガポールのジェット燃料価格の2ヶ月平均を基に隔月で改定されるため、現在適用中の4〜5月発券分は封鎖前(2025年12月〜2026年1月)の燃料価格が算出基準となっている。

本格的な影響が出るのは6〜7月発券分からで、一部報道では欧米路線の燃油サーチャージだけで往復10万円を超える水準も想定されている [10:tokutenryoko.com]。

海外航空会社はすでに動いており、キャセイパシフィック航空は3月18日から香港発等の旅程でサーチャージをほぼ2倍に引き上げた(日本発旅程は航空法に基づく届出制度のため据え置き) [9:sky-budget.com]。

市場はこの「2ヶ月後の利益圧縮」を先取りして売っている。さらに、中東経由便(エミレーツ、カタール航空等)の空域制限による迂回コスト増、インバウンド需要の減速リスクも織り込まれていると見られる。

日本の製油所稼働率は3月14日週に69.1%程度まで低下し、ジェット燃料在庫も減少しているとの報道がある。物理的な供給制約も視野に入りつつある。


🧵 3位:繊維製品(-11.38%)——「服の原料は石油」という見落とされた事実

繊維セクターの二桁下落は、報道の死角を象徴している。繊維は「衣料品」のイメージが強いが、現代の繊維製品の大半は石油化学由来の合成繊維(ポリエステル、ナイロン、アクリル)だ。

これらの原料はナフサ→エチレン→各種モノマーという経路で生産される。エチレンプラントの減産は、合成樹脂・合成ゴムと同時に合成繊維の供給も絞る。エチレンから生産されるプラスチック、合成樹脂、合成繊維、肥料の供給が滞ることで、あらゆる製造ラインが停止する「ドミノ倒し」のリスクが指摘されている。

東レ、帝人といった大手繊維メーカーは、衣料品だけでなく自動車内装材、航空機用炭素繊維、建設用断熱材など産業用途の比率が高い。原料高による製造コストの上昇と、川下産業(自動車・建設)の需要減退が同時に効いている。

食料安全保障の文脈でも指摘されるとおり、化学肥料の原料となるアンモニア(天然ガス由来)の供給にも支障が出れば、農業生産にまで波及が及ぶ可能性がある。IFPRIは、ホルムズ海峡経由の肥料貿易が世界全体の20〜30%を占めるとし、封鎖の長期化が食料安全保障を直接脅かすと警告している [4:ifpri.org]。繊維・化学セクター全体の萎縮はサプライチェーンの広範な連鎖リスクをはらんでいる。


🏢 4位:不動産業(-11.15%)——建設コスト高騰が新規開発を直撃

不動産セクターの急落は一見するとエネルギーと無関係に見えるが、建設コストの急騰を通じた間接的影響が大きい。

封鎖前の時点ですでに建設資材物価は2021年比で土木41%、建築37%上昇していたとされる(建設物価調査会)。ここにエネルギーショックが加わることで、鉄鋼・セメント・アスファルトなどの価格がさらに押し上げられる。

第一生命経済研究所の分析によれば、日本の住宅価格は2020年頃から上昇が加速しており、国土交通省の不動産価格指数はマンションで219.0(2010年=100、2025年7月時点)に達している [5:dlri.co.jp]。そこにエネルギーショックによる建設コスト上昇が重なれば、新規開発の採算はさらに厳しくなる。

不動産デベロッパーにとって、建設コストの上昇は新規マンション・オフィスビルの事業採算を直撃する。すでに人手不足と資材高で工期遅延が常態化しており、追加的なコスト上昇は「着工判断の凍結」につながりかねない。

2ヶ月騰落率は+2.80%と、ホルムズ前は堅調だった。つまりこの1ヶ月の急落はほぼ全量がホルムズ起因と解釈できる。


⚙️ 5位:機械(-10.34%)——輸出と設備投資の二重減速

機械セクターには建設機械、工作機械、産業用ロボットなど幅広い製品が含まれる。下落の要因は複合的だ。

第一に、エネルギーコストの上昇。機械製造は鋳造・切削・組立といったエネルギー多消費工程を含む。電力・ガス料金の上昇は製造原価を直接押し上げる。

第二に、輸出先の需要減退。中東経由の海運ルート混乱により、欧州向け・中東向けの機械輸出にリードタイムの延長とコスト増が生じている。喜望峰経由への迂回により、航海日数が10〜14日延長され、燃料費・保険料が上乗せされる。UNCTADの分析によれば、海運コストの上昇は貿易財の価格競争力を全体的に押し下げる効果を持つ [1:unctad.org]。

第三に、設備投資の先送り。顧客企業がエネルギーコスト増への対応に追われ、新規の設備投資判断を凍結する動きが出始めている。

2ヶ月騰落率は+0.81%とほぼフラットで、この1ヶ月の下落がホルムズ・ショックの影響であることが明確に読み取れる。


🏗️ 6位:建設業(-10.00%)——資材・燃料・人手の三重苦

建設業の-10.00%下落は、複数の供給チェーンが同時に途絶するリスクを反映している。

資材面では、鉄鋼(H形鋼、鉄筋等)の価格上昇、アスファルト(原油精製残渣)の供給不安、防水材・シーリング材・塗料などの石油化学由来副資材の調達難が重なる。

燃料面では、建設重機を動かす軽油の調達が難しくなっている。国土交通大臣は3月17日の会見で、トラック・バス事業者から軽油調達が困難になっているとの声が上がっていることを認めた [12:trucknews.biz]。

人手面では、もともと2024年問題以降の人手不足が深刻化しており、資材不足による工程遅延が作業員のスケジュール調整を一層困難にしている。

鉄鋼連盟の2026年度見通し(封鎖前に策定)では、すでに土木は人手不足と資材高で鋼材需要が抑制され、建築の非住宅は人手不足とコスト高騰で前年割れと予測されていた。ホルムズ封鎖はこの見通しをさらに下振れさせるリスク要因となっている。

JFEスチールは3月19日、重油不足から西日本製鉄所福山地区の火力発電設備5基のうち1基を停止した。同社は製鉄所の操業への影響はないとしているが、封鎖が長期化すれば建設向け鋼材の供給にも波及する可能性がある [11:nikkei.com]。


🔥 7位:鉄鋼(-9.84%)——高炉の燃料が断たれる

鉄鋼セクターは2ヶ月騰落率も-9.23%と深く、ホルムズ以前から中国の過剰生産、トランプ関税、輸出採算の悪化といった構造的な逆風にさらされていた。ホルムズ封鎖はそこに短期ショックを上乗せした形だ。

高炉は大量のエネルギー(重油・コークス・電力)を消費する。重油は高炉操業において副生ガスが不足した際の補填燃料として不可欠な調整弁であり、その供給が逼迫すれば操業全体の柔軟性が削られる。JFEスチールの福山地区では3月19日に火力発電設備の一部が停止に追い込まれており [11:nikkei.com]、この構造が顕在化した最初のケースと見られる。

JFEは2027年度に福山の高炉1基を休止する方針をすでに発表しており [13:nikkei.com]、国内の生産体制再編の最中にホルムズ危機が重なった。

製鉄・アルミ溶解・塗装・プレス加工などエネルギー多消費型の工程で、電力・ガス料金の上昇が製造原価を直接押し上げる構造は、封鎖が続く限り改善しない。


📄 8位:パルプ・紙(-9.64%)——重油ボイラーとエネルギー集約型生産

パルプ・紙セクターの下落は見落とされがちだが、製紙工場は極めてエネルギー集約型の産業だ。

製紙工程では、パルプの蒸解、抄紙、乾燥にボイラーを多用する。国内の製紙工場の多くは重油・石炭を燃料とするボイラーを使用しており、重油価格の高騰と供給不安は製造コストに直結する。

加えて、物流コストの上昇も大きい。紙製品は重量あたりの付加価値が低いため、輸送コストの比率が高く、軽油価格の上昇による物流費増加の影響を受けやすい。バス事業者の1割に軽油の価格上昇や供給制限の影響が出ていると国交省が公表しており [14:jiji.com]、製紙業の物流にも同様の圧力がかかっている。

原料面では、パルプ自体の国際価格は関税影響で下落傾向にあるが、エネルギーコスト増がそれを相殺して余りある状況と見られる。


🧱 9位:ガラス・土石(-9.45%)——セメント・ガラスの熱処理にエネルギー不可欠

ガラス・土石セクターにはセメント、板ガラス、陶磁器、耐火物などが含まれる。いずれも高温での熱処理が製造プロセスの中核を占める。

セメント製造ではキルン(回転窯)で1450℃程度の焼成が必要であり、燃料として石炭・重油・廃棄物が使われる。板ガラスの溶融炉は1600℃前後で稼働する。これらの工程でのエネルギーコスト上昇は、製品価格に直接転嫁されるか、利益を圧縮するかのどちらかだ。

建設・建築向けの需要が主力であるため、前述の建設業・不動産業の減速が需要面でも下押しに効いている。

2ヶ月騰落率は+2.75%で、ホルムズ前は堅調だった。不動産と同様、この1ヶ月の急落はホルムズ起因が主因と判断できる。


🚗 10位:輸送用機器(-8.84%)——自動車産業の「二重打撃」

輸送用機器セクターの下落は、自動車産業が受ける複合的な打撃を反映している。

第一の打撃はエネルギーコストの急騰だ。製鉄・アルミ溶解・塗装・プレス加工など、自動車生産の各工程はエネルギー多消費型であり、電力・ガス料金の上昇が製造原価を押し上げる。

第二の打撃は素材・部品調達の寸断だ。樹脂、合成ゴム、塗料(キシレン系溶剤)、接着剤、シール材、電線被覆(PVC)まで、1台の自動車には石油化学由来の素材が数百点以上使われている。影響が数週間続けば生産停止を招くおそれがあるとの指摘もある。

さらに、海運ルートの混乱により完成車の輸出にもリードタイムの延長とコスト増が生じている。喜望峰経由への迂回で航海日数が10〜14日程度延長され、1航海あたり100万ドル規模の燃料費追加が報じられている。UNCTADの分析でも、ホルムズ海峡の通航隻数は封鎖前の平均から97%減少しており、海運コストの急騰が貿易財の価格競争力を全体的に押し下げる構造が指摘されている [1:unctad.org]。なお令和4年の貿易統計でも、自動車は日本の主要輸出品目の一つであり、輸出金額ベースで国際競争力の根幹を担う品目であることが確認できる [7:mof.go.jp]。

2ヶ月騰落率が-7.58%と深いのは、ホルムズ以前からのトランプ関税・中国EV攻勢による構造的な下押し圧力が重なっているためだ。


💹 補論:恩恵セクターとのコントラスト

下落上位と対照的に、以下のセクターは明確にプラス圏にある。

この「ダメージを受ける側」と「恩恵を受ける側」のコントラストが、ホルムズ封鎖の産業横断的な影響の全体像を浮かび上がらせている。

なお、足元の物価動向を見ると、総務省が公表した2026年2月の消費者物価指数(全国、2020年=100)は112.2で、前年同月比+1.3%にとどまっている [8:stat.go.jp]。ただし、これはホルムズ封鎖前の価格水準を主に反映した数値であり、今後の統計にエネルギー価格の本格的な上昇がどう反映されるかが注目点となる。


📝 まとめ

東証33業種の騰落率を起点に、ホルムズ封鎖1ヶ月の産業横断的な影響を整理した。

24業種がマイナス圏に沈む中、市場が最も深刻な打撃を織り込んでいるのは、メディアが集中的に報じるエネルギー・化学ではなく、ゴム・空運・繊維・不動産といった「二次的・三次的影響」を受ける業種だった。ナフサを起点とする石油化学サプライチェーンの分岐が、合成ゴム・合成繊維・樹脂・肥料へと同時に波及し、自動車・建設・農業まで巻き込む構造が確認できる。

備蓄は有限であり、問われるべきは「あと何日もつか」ではなく「どの産業が、どの順番で、何を理由に止まるのか」だ。本稿はその可視化を試みたものである。

本来これは経済産業省か主要シンクタンクの仕事だが、封鎖から1ヶ月経っても出てこなかったので先に作った。使えるものは使ってほしい。


データソース

免責

本稿は生活・産業への波及経路を構造的に整理したものであり、個別の価格予測や投資助言を含まない。株価データは産業別影響のスクリーニング手段として使用している。


📚 参考文献