⛽スタグフレーションとはなにか?イラン戦争と原油ショックから学ぶ経済

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📌スタグフレーションとはなにか
スタグフレーション とは、ざっくり言うと次の3つが同時に起きている状態を指します。
- 景気が悪く、成長が鈍い(スタグネーション/停滞)
- 物価が上がり続けている(インフレーション/インフレ)
- 失業も高止まりしている
ふつうは「景気が悪いときは物価も上がりにくい」と考えられてきました。需要が弱いので、企業は値上げしづらいからです。ところが、供給ショック(原油や食料など、経済の基盤にあるモノの価格が急に高くなること)が起きると、景気が冷え込んでいるのに物価だけは上がる、という「悪いとこ取り」の状態になり得ます。
1970年代に起きたスタグフレーションをきっかけに、「政府が需要を刺激すれば景気も雇用も安定する」というオーソドックスなケインズ経済学は大きな壁にぶつかりました。[8:imf.org] も指摘するように、ケインズ政策はその後も修正を重ねつつ使われてきましたが、「インフレと低成長が同時に起きるケース」への対応は、現代マクロ経済の難題として残っています。[8:imf.org]
ポイントを一言でまとめると
スタグフレーション=「景気後退+物価高」という、家計にも企業にも最もつらい組み合わせ
です。
🕰1970年代のスタグフレーション:原油ショックの連鎖
スタグフレーションの元祖とも言えるのが、1970年代の2度の オイルショック を起点とした世界経済の混乱です。ここでは、原油価格ショックがどのように「インフレ+低成長」を生んだのか、その流れを整理します。
① 背景:インフレのタネはすでにあった
- ベトナム戦争や社会保障拡大などで、米国を中心に財政はかなり拡張的
- それを下支えする形で金融政策も緩く、「少しのインフレなら成長と雇用のために容認できる」という空気が強かった
- その結果、インフレはすでに高まりつつあり、リスクはやや軽視されがちだった[3:brookings.edu]
つまり、「ガソリンはすでに撒かれていた」状態 でした。
② 第1次オイルショック(1973–74年)
- 第4次中東戦争をきっかけに、OPEC産油国が協調減産と価格引き上げを実施
- 原油価格は短期間で数倍に跳ね上がり、エネルギーコストが世界中の企業・家計を直撃
- エネルギーに依存する多くの産業の採算が悪化し、生産縮小や投資抑制が広がる
その結果:
- 企業はコスト増を価格に上乗せし、インフレが加速
- 一方で、高いエネルギーコストと不確実性が投資・消費を冷やし、成長は鈍化
という形で、インフレと成長鈍化の同時進行 が始まりました。[3:brookings.edu]
③ 第2次オイルショック(1979–80年)
- イラン革命、続くイラン・イラク戦争で、中東の供給不安が再燃
- 原油価格は再び急騰し、「インフレが落ち着く前にもう一度ショック」という展開に
これにより:
- 「どうせこれからも値上がりする」と考えた労働者・企業が賃上げ要求や値上げを繰り返す
- それがまた物価を押し上げるという 悪循環 が形成
中央銀行はこの連鎖を断ち切るために、大幅な利上げに踏み切りました。その副作用として:
- 世界経済は1980年代初頭にかけて深刻な不況に陥り、
- 特に新興国・途上国は「高金利・高ドル・債務負担増」のトリプルパンチで債務危機が相次ぎました[3:brookings.edu]
Brookings の分析がまとめるように、1970年代のスタグフレーションの特徴は:
- 供給ショック(エネルギー高騰)が、すでに高まりつつあったインフレと緩い金融政策の上に乗った
- その結果、「高インフレ+低成長+金融引き締め+債務危機」という厳しい組み合わせに至った
という点です。[3:brookings.edu]
④ 教訓:なぜ今も1970年代が持ち出されるのか
Brookings は、現在の世界経済と1970年代には、少なくとも3つの共通点がある と指摘します。[3:brookings.edu]
- すでにインフレが高めで、成長も力強くない
- 金融引き締めの後に、エネルギーや供給網のショックが重なっている
- 新興国・途上国の債務水準が高く、金利上昇や景気悪化に対して脆弱
もちろん、中央銀行のインフレ目標制や為替制度の柔軟性など、当時とは違う点もあります。それでも、「原油ショック → 世界的スタグフレーション」というストーリー自体は、今もなお意識され続けています。[3:brookings.edu]
🧭現在の世界経済:表向きは「安定」だが、地政学リスクはくすぶっている
IMF の 2026年1月の世界経済見通しでは、次のようなベースラインが描かれています。[9:imf.org][0:imf.org]
- 世界成長率は 2026年 3.3%、2027年 3.2% と、やや低めながらも安定したペース
- インフレ率も 2025年 4.1% → 2026年 3.8% → 2027年 3.4% と、徐々に鈍化していく想定
エネルギー価格についても、
- ブレント原油価格は 2026年平均 62ドル/バレル、2027年もほぼ同水準という、落ち着いた前提
が置かれています。[9:imf.org]
つまり、公式なベースライン・シナリオ自体は「スタグフレーション再来」を前提としていない ということです。
一方で、同じ IMF 見通しの中では、リスク要因として:
- 地政学リスクの高まり
- インフレ再燃につながる供給制約と、商品(特にエネルギー)価格の急騰の可能性
などが挙げられています。[9:imf.org]
「もし大きな供給ショックが起きれば、シナリオは崩れ得る」という含みを、かなり明確に持たせていると言えます。
この「もし」の部分に、いま中東情勢とイラン戦争が重なってきています。
🔥アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃と中東の緊張
Atlantic Council の分析によれば、イスラエルはイランの軍事・核関連施設に対して大規模な空爆を行い、イランの抑止力を弱めることを狙った軍事作戦に踏み切りました。[2:atlanticcouncil.org] 専門家たちは今回の攻撃について、
- イランがどの程度の規模・形で報復に出るか
- 紛争が周辺国を巻き込んで拡大するか
- それが中東全体の安全保障や石油市場にどう波及するか
といった点を、大きな焦点として挙げています。[2:atlanticcouncil.org]
特に懸念されているのが:
- イラン自身の原油生産・輸出への打撃
- ホルムズ海峡 の機能不全(実質的な通航制限や一時閉鎖)
- 近隣の産油国やエネルギーインフラへの報復攻撃の連鎖
といった、「エネルギー供給のボトルネック」に直結するシナリオです。[5:cfr.org][7:eia.gov]
CFR(米外交問題評議会)のポッドキャストも、イラン戦争をめぐる議論の中で、
- イラン単体の輸出量は世界全体から見れば限定的だが、
- ホルムズ海峡が封鎖されれば、原油と天然ガスの両方の供給が同時に止まり得る
- ドローン攻撃などで周辺国の設備や LNG 供給にも被害が出れば、供給制約は長引き、価格上昇も想定を超えるリスクがある
と強調しています。[5:cfr.org]
実際に、米エネルギー情報局(EIA)の 2026年3月10日のプレスリリースによると、
- 中東紛争の激化を背景に、ブレント原油スポット価格はすでに1バレル94ドル近辺まで上昇(年初から約50%高)
- ホルムズ海峡の輸送停止と、一部中東の生産停止(shut-in)が主因
- 直近数週間は供給減少が続き、その後、輸送再開に伴い徐々に回復するというベースラインを置きつつも、
- 向こう2か月ほどは95ドル超で推移、その後も年後半まで高値圏が続き得るシナリオを示唆
としています。[7:eia.gov]
ここから分かるのは、
「イラン戦争とホルムズ海峡リスクは、すでに世界の原油価格を大きく押し上げている」
という事実です。[5:cfr.org][7:eia.gov]
📈原油ショックとスタグフレーションの来路
では、なぜ「イラン戦争→原油高→スタグフレーション再来」という懸念が語られているのか。既存の文献を踏まえて、論理の流れを整理します。
① 原油高はインフレを直接押し上げる
Brookings の分析によると、原油価格が50ドル程度上昇すると、短期的には:
- 米国ではインフレ率をおよそ 2ポイント程度押し上げる可能性
- 欧州では 3ポイント前後押し上げる可能性
があると試算されています(幅を伴う推計)。[4:brookings.edu]
エネルギー価格の上昇は、
- ガソリン・電気代など 家計の生活コスト
- 物流費や電力コストなど 企業のコスト
の双方を通じて、広範な物価上昇につながりやすい構造にあります。[4:brookings.edu]
EIA の最新見通しでは、ブレントは一時的に 95ドル超に達するが、その後 2026年後半〜2027年にかけて 80ドル → 70ドル → 最終的には 64ドル程度まで低下していくベースラインを示しています。[7:eia.gov]
これは、
- 紛争が一定期間内に沈静化し、
- ホルムズ海峡も完全な長期封鎖には至らず、時間とともに輸送が回復する
という、比較的「穏やかな」前提に依拠したものです。
しかし CFR の議論が指摘するように、
- ホルムズ海峡の封鎖が長引く
- 周辺国のエネルギー設備への攻撃が連鎖的に拡大する
といった、より厳しいシナリオに進めば、価格の上昇は 直線ではなく、より急峻なカーブ になり得ます。[5:cfr.org]
つまり、
ベースラインでは「一時的なエネルギー高+やがて落ち着く」が見込まれているが、紛争の展開によっては「長期の高止まり+さらなる急騰」も排除できない
という状態です。
② しかし、原油高は景気の足も引っ張る
問題は、原油高が「ただインフレを上げるだけ」ではない点です。
Brookings は、過去の経験から、
- 原油安が成長を押し上げる効果は意外と限定的である一方、
- 原油高はインフレを押し上げつつ、景気を冷やす「二重の悪影響」を持ちやすい
と指摘します。[4:brookings.edu]
具体的には:
- 家計:ガソリン・光熱費の増加で、他の消費を削らざるを得ない
- 企業:エネルギーや輸送コストの増加で、利益が圧迫され、投資や雇用を抑制しがち
- 政府:エネルギー補助金や支援策による財政負担が増加し、財政余地が狭まる
といった経路を通じて、総需要(経済全体の支出)の勢いを弱めやすい のです。
もし中央銀行がインフレ抑制を優先して高金利を維持し続ければ、
- インフレはなかなか下がらないのに、
- 高金利と原油高で景気はますます冷え込み、
- 特に新興国・途上国は「高金利+高ドル」の板挟み
という、1970年代に近い構図も再現されかねません。[3:brookings.edu][4:brookings.edu]
③ 「高インフレ+低成長」の土台はすでに存在している
Brookings は、今日の世界経済が 1970年代と似ている点として、
- パンデミック後やウクライナ戦争後のショックで、すでにインフレは高まり、その落ち着きも遅れている
- 世界成長率は 3%前後と、過去の平均より低めで推移している
という状況を挙げています。[3:brookings.edu]
IMF の WEO も、
- 世界成長率は 3%台前半で、「悪くはないが力強いとも言えない」水準
- インフレは低下傾向にあるものの、コロナ前よりなお高い
- 多くの国で公的債務は高水準、金融市場にはレバレッジや銀行部門の脆弱性も残る
という、「もろもろの弱点」を認めています。[9:imf.org][0:imf.org]
ここに イラン戦争起因の原油ショック が重なると、
「成長はもともと弱め」「インフレはまだ高い」「債務も多い」世界に、エネルギー高騰という追い打ちが入る
構図になります。
Brookings の表現を借りれば、「原油高+低成長」は、スタグフレーションの温床になり得る組み合わせ であり、現在の状況とも無縁ではありません。[4:brookings.edu]
🌍イラン戦争とスタグフレーション懸念:論点を整理する
ここまでの議論を踏まえ、「いまのイラン戦争をきっかけに、なぜスタグフレーション懸念が語られるのか」を、より一般向けにかみ砕いて整理します。
① ホルムズ海峡リスクが「世界の血管」を圧迫している
CFR ポッドキャストや EIA の分析を総合すると、[5:cfr.org][7:eia.gov]
- 現時点で起きているのは、単なるイラン1国の輸出減だけではなく、
- 世界の石油・天然ガス輸送の要衝であるホルムズ海峡の通航制限・停止
- 周辺エネルギーインフラや LNG 供給への攻撃・被害
といった、「エネルギー供給のボラティリティ(振れ幅)を高める要因」の連鎖です。
世界銀行の解説も、最近のレポートで、
- 中東情勢の緊張が、原油のボラティリティを高めている
- 需要の減速で長期的には価格低下もあり得る一方、地政学リスクによる供給混乱は明確な上振れ要因
としています。[1:worldbank.org]
つまり、
「今はなんとか持ちこたえているが、紛争がさらに拡大すれば、エネルギー市場は一段と荒れ得る」
という見方が、多くの機関に共通しています。
② エネルギー高は世界的インフレをぶり返させる恐れ
-
ブレントが 90〜100ドルを超える水準で長く続けば、ガソリン・光熱費・輸送費などを通じて、先進国・新興国問わず物価を再び押し上げる
-
Brookings の試算にあるように、原油高は主要国で数ポイント単位のインフレ押し上げ要因になり得る[4:brookings.edu]
-
IMF が前提としている「エネルギー価格下落を背景としたインフレ鈍化」というベースライン[9:imf.org]が崩れれば、
- 中央銀行は利下げペースを鈍らせざるを得ず、
- 高金利とエネルギー高が同時に景気を圧迫する可能性もある
というシナリオが見えてきます。
③ 景気はもともと強くなく、債務も重い
IMF の WEO が示すように、世界成長は 3%台前半、新興国は 4%台と、一応の成長を維持しているものの、[9:imf.org][0:imf.org]
- これは「高齢化・生産性伸び悩み・債務増」などを背景に、政策支援込みでようやく保たれている水準
- 金利が想定より高止まりしたり、エネルギー高で需要が冷えれば、簡単に下振れし得る
という脆弱さも併せ持ちます。
Brookings も、新興国・途上国について、
- すでに高い公的債務を抱え、
- 金利上昇や資本流出が起きれば、デフォルトリスクが連鎖的に高まり得る
と警告しています。[3:brookings.edu]
エネルギー輸入依存度の高い国ほど、原油高の打撃は大きく、
「高インフレ+高金利+景気減速+債務脆弱」
という、1970年代の構図に似たプレッシャーを受けやすくなります。
④ ここから「スタグフレーション的局面」が意識される
これらを組み合わせると、
- イラン戦争とホルムズ海峡リスク → 原油・ガス価格の高騰・高ボラティリティ[5:cfr.org][7:eia.gov]
- 世界経済はすでに成長が鈍く、債務も重い → エネルギー高に耐える余裕が乏しい[3:brookings.edu][9:imf.org]
- 原油高はインフレを押し上げつつ、需要を冷やす → 「高インフレ+低成長」に陥りやすい[4:brookings.edu]
- 中央銀行はインフレ抑制を優先しがちで、大幅な利下げ余地は限られる
という、1970年代を想起させる構図が浮かび上がります。
CFR ポッドキャストのタイトルにもあるように、今回のイラン戦争はすでに “oil shock, stagflation fears” を同時に呼び起こすイベントとして語られています。[5:cfr.org]
もっとも、Brookings は同時に、
- 現代の経済構造は1970年代より柔軟で、
- 中央銀行の独立性やインフレ目標制度、為替の柔軟性などのおかげで、
- 適切な政策運営が行われれば、1970年代型の深刻なスタグフレーションは回避可能
とも述べています。[3:brookings.edu]
つまり、
条件は悪化しつつあるが、「どこまで悪化するか」は政策対応次第で大きく変わる局面
にある、という評価が妥当でしょう。
🧾おわりに:私たちが押さえておきたい3つの視点
一般の投資家・読者として、ニュースを追いながら状況をつかみやすくするポイントを、最後に3つにまとめます。
- 原油価格の水準と「どれくらい続きそうか」
一時的な急騰と、長期の高止まりでは、家計や企業へのダメージがまったく違います。EIA や IMF といった機関の見通しが、イラン戦争やホルムズ海峡情勢のニュースとどう連動して変化しているかを見ることで、リスクの大きさが見えてきます。[7:eia.gov][9:imf.org] - インフレと金利の組み合わせ
「物価が上がっているのに、金利も高くて景気も弱い」という組み合わせになっていないか。中央銀行がインフレと成長のバランスをどう取ろうとしているかを見ていくことが、スタグフレーションリスクを測る重要な手がかりです。[3:brookings.edu][4:brookings.edu] - 新興国・途上国への波及
エネルギー輸入依存度が高く、外貨建て債務も多い国ほど、「原油ショック+高金利」のダブルパンチを受けやすくなります。IMF の WEO が強調するように、世界平均がなんとか保たれていても、地域ごとの「痛みの偏り」はかなり大きくなり得ます。[9:imf.org]
「スタグフレーション」という言葉はインパクトが強いですが、その本質はとてもシンプルで、
「景気も悪いのに、物価だけは高い」
という、私たちの暮らしにとって最もつらい組み合わせです。
イラン戦争と中東情勢は、そのリスクを高める「引き金」になり得るだけに、原油価格やホルムズ海峡の動向を、世界経済ニュースとセットで見ていくことが、これからしばらく特に重要になっていくでしょう。
📚 参考文献
- [1] Oil prices remain volatile amid uncertainty arising from geopolitical conflict
- [2] Experts react: Israel just attacked Iran’s military and nuclear sites. What’s next? - Atlantic Council
- [3] Today’s global economy is eerily similar to the 1970s, but governments can still escape a stagflation episode | Brookings
- [4] Be careful what you wish for: Higher oil prices and slow growth may make for a perfect storm | Brookings
- [5] PODCAST | The Spillover | Council on Foreign Relations
- [6] To Hit Russia Hard and Support Ukraine, Capture the Oil Discount
- [7] EIA Press Release (03/10/2026): EIA releases latest Short-Term Energy Outlook amid Middle East conflict
- [8] What Is Keynesian Economics? - Back to Basics - Finance & Development, September 2014
- [9] World Economic Outlook Update, January 2026: Global Economy: Steady amid Divergent Forces; World Economic Outlook 2026/003
